スウェーデン

2010年10月19日 (火)

10/24(日)スウェーデン薬草生活〜〜♪♪

ご無沙汰しております。最近は・・日本で一体何をしているかというと・・まず5日後にせまった『スウェーデン薬草生活』の準備を必死にしております。トトラボの村上さんにご縁をいただいて、スウェーデン薬草生活についてお話をさせていただけることになりました!!!!内容は、このような感じです・・『スウェーデンしあわせ薬草生活』日曜日の午前中、世田谷ものづくり学校にて行います。fika(ふぃーかとはスウェーデン語で珈琲ブレイク)がてら、来てみてくだされ〜(※23日まで予約受付ています。)4回シリーズになっていますが、単品でもご用意しておりまーす個人としてこんな機会をいただけるなんて、ほんとうにありがたい限りです・・・。うーぬ、当日楽しみです・・・!

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2010年6月 1日 (火)

開けっ広げ、のびやか、のびのび、あるがまま

最近「明日死ぬとしたら、どんなことをしたい??」とか「明日死んでもいいように生きているから」という友人知人の言葉を聞いて、8年前のスウェーデンでの夏を思い出した。スウェーデンのど田舎で、湖と谷と森が、形容する言葉もないほどきれいな場所に住んでいた頃のことを。当時は「コレクティブ」といって、数人のスウェーデン人と共同生活を営んでいた。そして共同生活をしていた一軒家から歩いて5分ぐらいの場所に、学校の実践教育の一環として野菜やハーブをみんなで育てていたという、スーパーナチュラル+シンプルな生活をしていた。スウェーデンの夏は、当時はやや北の方にいたこともあって、いちばん暑くてもわたしにはちょうどいい快適な温度に思え、こんなに涼やかに農作業ができるなんてすてき、と思っていた。だけれど、スウェーデン人にとって25℃を超えて農作業をこなすことは相当つらいようで、みんな畑仕事のあとは大体近くの湖で泳いで汗を流していた。じゃぼん!とばかりに、男女共に真っ裸になって冷たい湖にわいわいと飛び込む。私自身はこんな白昼に野外で、しかも男性もいる中で裸になるなんて、いくらスウェーデンにきて多少「旅の恥は掻き捨て」状態になっているとしてもあり得ない!!!!!と最初は思っていたのだけれど、みんなはこの上なく気持ち良さそうにきらきらと太陽の光を反射した湖の中で泳いでいる。スウェーデンでは、裸になることにそこまで抵抗感がないように思える。もちろん、私のかつてのコレクティブ仲間のように湖で真っ裸で泳ぐのは田舎だからこそできることだけれど。そこには全裸であるからといって、いやらしさの欠片もなくて、ただ単純に太陽と湖の恩恵を全身で受けている、開けっぴろげな笑顔のひとたちの姿があるばかり。最後には羨ましくなって、私もじゃぼんと飛び込んだ。なんと、気持ちのいい!!その時の気持ちよさが、前述の友人知人の「明日死ぬとしたら・・」の言葉によって思い出され、人生最後の日に、体も心も真っ裸で湖や海でみんなと泳ぐのも悪くないかも・・と思った。わたしにとって、裸になることというのは、完全に解放されているとか、心を許しているとか、安心して信頼しきっている、ということと同義であると思う。そして、日常生活では体はともかく、心を裸にした状態で、のびのびとそれを他のひとにも表現することができたらどんなに気持ちいいかと思う。赤ん坊のような、あるがまま、開けっぴろげな笑顔や表情でいられたら。そう思う反面、それを妨げている、感情や心のあり方や、心の枷はなんなのだろう・・何歳くらいから表情を「作る」ようになったのだろう・・とか、改めてそういうことを考えてみると、いろいろな気づきがある。自分のいろんな面や年代を観察することによって、そういう「枷」が見えてくる。それを観ることによって、また一歩ずつ進んでいくことによってさらにまた他の何かが見えてくる。年を重ねるということは、人生を生きる知恵を得るということと同時にいろいろな言い訳や枷も増えていくことだけれど、うまいことその枷に気づいて意識して、そしてバランスよく心を裸にできたら楽しいだろうなあ・・・・・・・・あ、なんか話がずれちゃった(*ノv`)

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2010年2月12日 (金)

縁という言葉は不思議。スウェーデン語ではこれに代わる訳ってあるのかな??いまのところ見つけられていないけれど・・・。そんな、言葉の訳さえ存在しないこの国でも『縁』は確実に存在して、そしてわたしはここで、たくさんのご縁をいただいている。
最近のご縁としは、長くスウェーデンと日本をまたにかけ活動する「持続可能なスウェーデン協会」のレーナ・リンダルさんやスウェーデンでのエコツアーを企画しているアクティブな麻シェフアピースさんアキコさんにいただいたご縁はマルメ在住のアーティストyokoちゃん、座禅に誘ってくれたダーヴィッド、PC嫌いなイタリア人、素敵なゲイのファッションデザイナーたち、飛行機内で知り合ったエンジニアのサラ、囲碁の打てるスウェーデン人、物理学を研究するコロンビア人、菌類学者のスペイン人・・・ほんとうにほんとうに、いろいろな出会いというのはおもしろいものです。すべての出会いにサンキュー!ありがとう!グラッツェ!タック!グラシアス!過去の出会いも未来の出会いも、いやなひともすきなひともすべてありがとー(奥田民生+井上陽水の歌みたいだな・・)ときどき、こうやっていろんなご縁をいただいて生きていることを忘れている自分に、カツ!!これからもどうぞよろしく!ハッピー

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2009年10月31日 (土)

そのまま

最近『そのまま』でいることの楽しさを実感している。自分の不完全さや曖昧さ、怠惰、不安、苦しみや悲しみとかの裸のきもち、そして、嬉しさや楽しさや幸せな気分、なんとなくうまくいっている感じなど、ぜーんぶぜーんぶ含めて、なんとなくそれで完全のような気がして、そうやって考えるとなにもかもが愛おしい。全部あってこそ、パーフェクトなんだから、不安になる必要はなくて、毎日をただひたすら楽しめばいいんだ、って気がする。自分というひとの中のいいとこも、悪いとこも、全部楽しむ。。今日も最後は笑って終わる明日はなにしよう?どんな発見がある?今夜はどんな夢をみるんだろう?とにかく楽しみでしょうがない。

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2009年10月13日 (火)

海外に住むということ

再度スウェーデンに住み始めてから、1年半ちょっとが過ぎた。海外に住むということは、私にとっては自分を見つめ直すよい機会でもある。なぜって、日本にいる時よりも、自分の感情に正直になるからだ(ならざるを得ないとも言う)。日本にいた時の感覚で行動したり、無理をしたりしていると、感情の嵐のような日々がやってくることがあるので、日々結構スリリングだ。言葉は日常会話なら支障はなくても、やはり文化やメンタル的な部分の違いというのはいつまでも同化できないような気がする。むしろ、同化したら自分のアイデンティティーがなくなってしまうようで恐い部分もある。
しかし海外にいるメリットのひとつは、自分のやりたいことがだんだんとはっきりしてくること。特にスウェーデン人の自由さに毎日ふれていると、社会的、その他諸々の圧力のない状態の、ほんとうにシンプルな日常レベルの自分の願いがふつふつと出てくることがある。結構どうでもいいような、そんな願いの中に自分のやるべきことが転がっているのかもしれないなあーと思い、流れに身を任せてみることにしている。現在の小さな『流れ』はイタリア語の勉強、甘いもの禁止、など。イタリア語なんて、去年は全然関心がなかった、でもなぜか流れが来てしまったので勉強をはじめた。甘いもの禁止は、私のヨガの先生で友人でもあるニーナが「明日から3ヶ月砂糖摂取をクリスマスまで控える!」、と言い出してその前日、最後のチョコレートを食べるのにつきあってから。最初は「へー、頑張ってね」とか言っていたのがなんとなくある日、「私も一週間やめてみよう」と思い立ったのが、一週間経ったあとも続いているという状態。一日、一日の中のそんな小さな周りの動きと、自分の体の感覚を信じて、流れに乗ってみよう。無理に突き進むよりも、いまはそんなリズムが心地よい。明日はどんな流れが待っているのかな?楽しみだ

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2009年9月28日 (月)

ガムラスタン

これが2週間前の昼休みの時の風景・・ストックホルム、ガムラスタン(旧市街)大広場。この日は楽隊が賑やかに演奏するのを聞きながら太陽の中でランチ。画像では半袖が大半だけど、先週くらいからさすがに秋コートのひとばかり。


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この大広場は歴史的にもストックホルムの血浴があった場所で、ノーベルミュージアムもあったりで、観光客も多い。500年くらい前にそんなことがあったんだな〜と思うと、少し怖いような、凄いような。500年後の今は、ノーベル・チョコレートを買った多国籍な観光客であふれ、歴史的な建築物の中にレストランあり、セカンドハンドあり、ゲイカフェあり、と不思議な空間になっている。


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上の画像で写っている、夏の間何回かお世話になったアイスクリーム屋は今日はもう姿を消してしまった。ほんとうに、夏が終わったんだということを改めて感じる。終業後ガムラスタンからスルッセンまで歩いて友人とフィーカ。給料日後のストックホルムの日曜夜はいつもよりひとが多め

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2009年9月20日 (日)

街歩き

せっかく街の中心に引っ越したので、街歩きを楽しんでみることにした。
少し離れたkonsumというお気に入りのスーパーまでお買い物に。歩いて3秒くらいの場所にもスーパーはあるのだが、konsumはエコ商品の充実度が高い。

このうさぎ、何者?
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歩いているうちに暗くなってきた。
最近のあいさつは「もうすぐ冬だね〜〜」。北欧ならではだけど、なんとか冬を楽しむ方法を考えよう。。例えば、あたたかい飲み物、とか?編み物、キャンドル、雪・・・


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今週から映画館での上映がはじまった、『ポニョ』のポスター。一年遅れでやっと。

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今日は新月。
また新たに今日からはじめることや自分の願いをはっきりさせるチャンス。

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2009年9月 8日 (火)

またまた引っ越し

ストックホルムの中心に引っ越してきた。アパートの一歩外に出ると、そこはgötgatanという大通りがあり、職場であるガムラスタン(旧市街)にもちょっと頑張れば歩いていける距離。
ストックホルムでの部屋探しはかなり難渋するとは聞いていたけれど、予想以上。でも、なんとか見つかってよかったほっと一息。さて、これからまた新生活、仕切り直し

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2009年8月 4日 (火)

残暑?

今日はTシャツで外を歩けるくらい暖かかったけれど、ここ最近「もう夏は終わったのかねー?」という言葉があいさつ代わりになるくらい、秋に近づいている。週末私は働いていたけれど、プライドのパレードがあった。DN情報によると、今年は約35000人ほどの参加者だったそう。ガムラスタンを通り過ぎて行ったので、見られるかと思ったけれど、ちょうどこっちには来なくて残念・・!

今日の図書館でのできごと。
図書館に入ると、ひとりの移民と思しき黒髪の女性が携帯電話で話をしていた。特に気に留めずに本を選んでいると、「ここでは話をしてはいけないんですよ!本を選んでいるのに、邪魔なんですよ!」という女性の声。どうやら先ほどの携帯電話の女性に話しかけているようだ。「あなたがそこで、電話口でうんうん、とか、えーとか言っているととっても邪魔なのよ。この図書館のルールをきちんと守って。」とさらに、女性。その物言いに腹が立ったのか黒髪の女性は、携帯から口を話して、「なんなの?私が移民だからそんなこというんでしょ?」と応戦。それに応えて女性は、、、「私のことをレイシスト扱いしたわね!」と・・・。一見すると、穏やかな女性二人の火花散る口論そのまま、司書にお互いの善悪を審判してもらうべく、立ち去るふたり。最後には彼女たちの声がうるさくて、私もさすがに本選びを諦めたくらい。それにしても、移民の多いストックホルムならではの口論の内容だった・・

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2009年8月 1日 (土)

ホームシック、そして想像力、変化

こころも身辺もばたばたしていたのが、少し落ち着いてきた・・。
ストックホルム内を移動してまわっていた感じだったけど、いまはセントラル駅から地下鉄で10分くらいの駅に住んでいる。近くに広い公園があり、昼間の暖かいうちはまだまだ日焼けを楽しむひとたちでいっぱい。夕方くらいでも、バレーボールやジョギングやスケボーや散歩を楽しむひとたちでいっぱい。

この1ヶ月はややホームシックになりながらも、人生って、時には胸が痛いほど苦しかったり、最高に楽しかったり、ほんとうにおもしろいなあーと改めて実感した日々だった。そして自分をじっくりと観察するには、この環境はとても最適。考えてみれば、今もかなり自由に暮らしているけれども、いつだって自分が望みさえすればなんでも変えられるんだ、とも改めて思った。住む場所も、仕事も、洋服も、食べ物も、好きな音楽も・・。なんだかんだと理由をつけて、変化をストップさせているのは結局自分自身だった・・と気付けた気がする。変化は苦しいけど、その先に待ち受けているものを思うとワクワクする

そして、全部自分で選んでいくことのたいせつさを痛いほど感じた1ヶ月だった。子供の頃は枠にはまらない想像力が凄くあって、どんな小さなことでも、おもしろおかしいものや奇妙なものに変える力を持っていたけど、大人になったらそれを現実化させることができるんだっていうことを忘れていた気がする。ただ、想像力を失わないように気をつけるだけで。

いまいるこの環境を最大限に楽しむには、どうしたらいいかな?私の中にもちゃんと想像する力が残っているはず・・、そしてそれと同じくらい自分の限界や枠に出会うことも楽しみにしよう

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