2011年3月 4日 (金)

A ROSE IS A ROSE IS A ROSE– but it gets better -

おお、スウェーデンから帰国してからあと1ヶ月半で1年。月日は流れていく。昨日も今日も、明日も。最近の傾向としては、何もかもをシンプルにしていこうという動きが自分の中にある。ちょっと前まで「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」という次元にいたけれど実は「いちばん大切なこと」ってあんまりないんじゃないか。。っていうことを考えている。わたしにとっていちばんたいせつなことって「自分の中の愛や美」をなんらかのかたちで、自分自身やまわりのひとに対して表現すること。ただじぶんの中で物足りなく感じているのは、わたしの表現方法として、独特もしくは単刀直入な表現になりやすくて、日本語だとうまく表現できなかったり、逆に「おっと〜」とブレーキをかけられたりすることがあること。まあ、どうやって表現していくかは、一生かけて試行錯誤していくものなのかも。そんなことやいろいろな身の回りの出来事から、「愛する」ってことを恋愛云々だけよりも、もっと深く考えることが最近多い。結局ひとを愛することとじぶんを愛することの境目なんてあんまりなくて、やっぱり自分への愛に立ち返らなくては駄目なんだ・・ってことをここ数年で学んでいる気がする。たとえじぶんのことを愛していて肯定しているつもりでいても、他人から拒否されたときや非難されたときとか何かとても感情が動くことがあると、じぶんへの愛が足りないんだって思い知らされる。そして日々の中でも相変わらず、未だに腰の重いじぶんにがっかりしたり、人と比べて焦ったり、何かを見つけきれていない、集中しきれていない状態にいらいらしたり、待ち姿勢でいる自分に気づいているのになにもしなかったり、そんなことを繰り返している自分に更に呆れたりしている。だけれど、日常生活の中の細かいシーンの中でいろんな前進を密やかにしている自分にも気づく瞬間がある。他人からの非難のことばを必要以上に感情的にならずに、自分の成長の糧となることばとして、或る意味貪欲に受け止めている自分がいたりする。そう、以前はできなかったことがある日ついにできるようになっている。でもそんなちいさな「前進」を振り返ることなくこの一年くらいばーーーっときてしまったので、ここはひとついまの状態を自分なりに客観的に見直す時期なのかもしれない・・。突っ走ってきた日々を振り返り、学んだことや得たものをじっくり味わう。
オノヨーコがつぶやいていたことばは、いまのわたしにとてもぐっときた。じぶんのことを誇りに思っていない、じぶんのことを愛せないじぶんに気づいたときも、それでも諦めないで、水を与え、害虫をとり、陽のあたるところに移してあげたり、元気のない葉っぱをとったり、せっせせっせと忍耐強く、育ててみよう。「前進」したら「あさがおの観察日記」みたいに「今日は双葉が出ました」とか、いちいち気づいてみよう。たまにはちいさくなった鉢を変えてあげたり・・・
あ、そういえば、今日はひな祭りだった。「女の子の成長を祝う日」もう子供ではなないじぶんの成長に責任があるのは、じぶんだけだということを静かに祝って今日はもう寝ましょう〜。

A ROSE IS A ROSE IS A ROSE
– but it gets better -
Don’t ever give up on life.
Life can be so beautiful, especially after you’ve spent a lot of time with it.
Because then, life becomes like a lover you have been close to for so many years.
You know it/him/her so well, and yet every day it/he/she gives you a surprise.

As the fox said in “The Little Prince”, ‘You’ll understand that yours is the only rose in the world. Because, it’s the time you spent on your rose, that makes your rose so special.”

My first reaction was, “what if the thing or the person I spent time on, my rose, simply was not with me anymore? Does it mean that I wasted my life?”

Then, suddenly, I became aware that my rose, the one that stayed with me the longest, the one I gave water to for the last 71 years, was me!

So be patient with your rose ’cause it just gets better and better.
Remember, it is your rose, and nobody else’s!

I love you.

Yoko Ono
for Valentine’s Day 14th February 2011

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2010年10月19日 (火)

10/24(日)スウェーデン薬草生活〜〜♪♪

ご無沙汰しております。最近は・・日本で一体何をしているかというと・・まず5日後にせまった『スウェーデン薬草生活』の準備を必死にしております。トトラボの村上さんにご縁をいただいて、スウェーデン薬草生活についてお話をさせていただけることになりました!!!!内容は、このような感じです・・『スウェーデンしあわせ薬草生活』日曜日の午前中、世田谷ものづくり学校にて行います。fika(ふぃーかとはスウェーデン語で珈琲ブレイク)がてら、来てみてくだされ〜(※23日まで予約受付ています。)4回シリーズになっていますが、単品でもご用意しておりまーす個人としてこんな機会をいただけるなんて、ほんとうにありがたい限りです・・・。うーぬ、当日楽しみです・・・!

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2010年6月 1日 (火)

開けっ広げ、のびやか、のびのび、あるがまま

最近「明日死ぬとしたら、どんなことをしたい??」とか「明日死んでもいいように生きているから」という友人知人の言葉を聞いて、8年前のスウェーデンでの夏を思い出した。スウェーデンのど田舎で、湖と谷と森が、形容する言葉もないほどきれいな場所に住んでいた頃のことを。当時は「コレクティブ」といって、数人のスウェーデン人と共同生活を営んでいた。そして共同生活をしていた一軒家から歩いて5分ぐらいの場所に、学校の実践教育の一環として野菜やハーブをみんなで育てていたという、スーパーナチュラル+シンプルな生活をしていた。スウェーデンの夏は、当時はやや北の方にいたこともあって、いちばん暑くてもわたしにはちょうどいい快適な温度に思え、こんなに涼やかに農作業ができるなんてすてき、と思っていた。だけれど、スウェーデン人にとって25℃を超えて農作業をこなすことは相当つらいようで、みんな畑仕事のあとは大体近くの湖で泳いで汗を流していた。じゃぼん!とばかりに、男女共に真っ裸になって冷たい湖にわいわいと飛び込む。私自身はこんな白昼に野外で、しかも男性もいる中で裸になるなんて、いくらスウェーデンにきて多少「旅の恥は掻き捨て」状態になっているとしてもあり得ない!!!!!と最初は思っていたのだけれど、みんなはこの上なく気持ち良さそうにきらきらと太陽の光を反射した湖の中で泳いでいる。スウェーデンでは、裸になることにそこまで抵抗感がないように思える。もちろん、私のかつてのコレクティブ仲間のように湖で真っ裸で泳ぐのは田舎だからこそできることだけれど。そこには全裸であるからといって、いやらしさの欠片もなくて、ただ単純に太陽と湖の恩恵を全身で受けている、開けっぴろげな笑顔のひとたちの姿があるばかり。最後には羨ましくなって、私もじゃぼんと飛び込んだ。なんと、気持ちのいい!!その時の気持ちよさが、前述の友人知人の「明日死ぬとしたら・・」の言葉によって思い出され、人生最後の日に、体も心も真っ裸で湖や海でみんなと泳ぐのも悪くないかも・・と思った。わたしにとって、裸になることというのは、完全に解放されているとか、心を許しているとか、安心して信頼しきっている、ということと同義であると思う。そして、日常生活では体はともかく、心を裸にした状態で、のびのびとそれを他のひとにも表現することができたらどんなに気持ちいいかと思う。赤ん坊のような、あるがまま、開けっぴろげな笑顔や表情でいられたら。そう思う反面、それを妨げている、感情や心のあり方や、心の枷はなんなのだろう・・何歳くらいから表情を「作る」ようになったのだろう・・とか、改めてそういうことを考えてみると、いろいろな気づきがある。自分のいろんな面や年代を観察することによって、そういう「枷」が見えてくる。それを観ることによって、また一歩ずつ進んでいくことによってさらにまた他の何かが見えてくる。年を重ねるということは、人生を生きる知恵を得るということと同時にいろいろな言い訳や枷も増えていくことだけれど、うまいことその枷に気づいて意識して、そしてバランスよく心を裸にできたら楽しいだろうなあ・・・・・・・・あ、なんか話がずれちゃった(*ノv`)

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2010年5月20日 (木)

ラテン・ピープル♪

去年くらいから、わたしの人生に少しずつラテンの風が吹き始めている
スウェーデンで、なぜかイタリア人のシルビアとシェア生活をしたことから始まって・・・シルビア経由でラテン・コミュニティーに入り、ストックホルムのスパニッシュ・バーに行き、アカデミックなスペイン人やバスク人やコロンビア人と知り合い、食事をしたりダンスに行ったり・・イタリア語のスラングや歌を覚えたり・・
いやいや、その前の年のクリスマスに友人とポルトガルのリスボンに旅行に行ったことから始まったのかな・・、だんだんとそして着実にラテンが私の生活に押し寄せている。今年になって、日本に帰国することになり「あ〜これでしばらくラテンとの付き合いもないのかな・・」と少しさみしく考えていたところ、なんと帰国日のその夜、成田から東京に向かうバスの中で、日本ツアーで来日したローマ出身ギタリストに道を聞かれ、そのままともだちになったり。そして半コロンビア人の友人とサルサを踊る機会があったり、現在住んでいるアパートにイタリア人が引っ越してきたり・・。

なぜか彼らからは、太陽のパワーを感じる。「動」というパワー。人懐っこくて無邪気で、オープンに感情を曝け出し、音楽を聞けば自然に体が動きだし、真剣に恋愛し、ともだちや家族や知り合いやとにかくなんでもいいからグループで、大勢でわいわいしていることが大好きで、意外にシリアスできちんと働き、でも10分の遅刻は遅刻ではなく・・、そんな遊びも仕事も恋もフル回転な、ラテンの多面性をもっと知りたい。そして、自分の中に眠っている「ラテン性」を開花させたいな〜さらに、日本の中に眠っている「ラテン性」を発見するのも楽しいかも。

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2010年2月12日 (金)

縁という言葉は不思議。スウェーデン語ではこれに代わる訳ってあるのかな??いまのところ見つけられていないけれど・・・。そんな、言葉の訳さえ存在しないこの国でも『縁』は確実に存在して、そしてわたしはここで、たくさんのご縁をいただいている。
最近のご縁としは、長くスウェーデンと日本をまたにかけ活動する「持続可能なスウェーデン協会」のレーナ・リンダルさんやスウェーデンでのエコツアーを企画しているアクティブな麻シェフアピースさんアキコさんにいただいたご縁はマルメ在住のアーティストyokoちゃん、座禅に誘ってくれたダーヴィッド、PC嫌いなイタリア人、素敵なゲイのファッションデザイナーたち、飛行機内で知り合ったエンジニアのサラ、囲碁の打てるスウェーデン人、物理学を研究するコロンビア人、菌類学者のスペイン人・・・ほんとうにほんとうに、いろいろな出会いというのはおもしろいものです。すべての出会いにサンキュー!ありがとう!グラッツェ!タック!グラシアス!過去の出会いも未来の出会いも、いやなひともすきなひともすべてありがとー(奥田民生+井上陽水の歌みたいだな・・)ときどき、こうやっていろんなご縁をいただいて生きていることを忘れている自分に、カツ!!これからもどうぞよろしく!ハッピー

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2010年1月 1日 (金)

今年もよろしくお願いします!

2009年はまた学びの多い年だった〜いろいろいろいろあってくじけそうになる時もあった(ある)けれど、それが落ち着くと結局また夢を見ている自分がいるかぎり、前に進んでいくしかないのだこのままの状態の自分と周囲を受け入れていく勇気と、しっかりと夢をおもい描く想像力と、おもい描いたものから最初の一歩の行動をする勢いと、それらの出来事を時々静かに見つめるひととき、それからその一連を繰り返していくパワー、というものの意味がほんのすこしだけ見えてきた感じの1年だった。そして、改めて、表現していくこと、言葉にすることの力強さを実感した。そしてマッサージを学ぶことを通して、からだへの興味も持ち始めた。

2010年、今年はさらにラテンでシンプルで、ハッピーな1年になりそうな予感そして、それを妨げようとする自分自身の声が聞こえたら、そんなじぶんとの対話をもっと深めていきたいな年始はほんとうにいい節目なので、どんなラテンな1年にしたいのかゆっくりイメージしてみようそして、それに関連してどんなちいさなことでもいいから、ひとつアクション!

みなさんはどんな1年にしたいですか??
今年もよろしくお願いしま〜〜〜す!!!!!!!!!!!!

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2009年10月31日 (土)

そのまま

最近『そのまま』でいることの楽しさを実感している。自分の不完全さや曖昧さ、怠惰、不安、苦しみや悲しみとかの裸のきもち、そして、嬉しさや楽しさや幸せな気分、なんとなくうまくいっている感じなど、ぜーんぶぜーんぶ含めて、なんとなくそれで完全のような気がして、そうやって考えるとなにもかもが愛おしい。全部あってこそ、パーフェクトなんだから、不安になる必要はなくて、毎日をただひたすら楽しめばいいんだ、って気がする。自分というひとの中のいいとこも、悪いとこも、全部楽しむ。。今日も最後は笑って終わる明日はなにしよう?どんな発見がある?今夜はどんな夢をみるんだろう?とにかく楽しみでしょうがない。

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2009年10月17日 (土)

LEMONAD med mynta♡

近所にカフェがたくさんあるものの、なかなか朝カフェしていなかったので、ずっと気になっていたbondegatanにある『bakverket』という自家製パンが売りのカフェで友人と待ち合わせて、朝カフェすることに。内装も可愛いこのカフェ、それもスウェーデンでよくあるシンプルな内装ではなくて、まるで東京にあるカフェのような細やかな可愛さ。あさごはんセットは「liten/stor」(小/大)のふたつ。さすがにスウェーデン人が食べる量には負けるので、量の少ない、litenの方を頼む。朝早くから常連客らしきひとたちが次々にパンを買いにきたり、あさごはんをゆっくり楽しんだり・・駅から決して近くないこのカフェにこれだけひとが来るということは、期待できるのでは・・!?とわくわくしながら待つ。それにしても、朝なのにゆっくりと流れるこの空気、とっても快適。やっっぱり朝カフェは時間をもの凄く贅沢に使っているという気がしてとても気分が良い。バゲットを待っている間、最初に出されたミント入りのレモネードを飲む。これが、めちゃくちゃ美味しいのだ。すっきり爽快なミントとレモンの酸味で体が一気に目覚める。これは、家でも試すしかない・・と翌日から早速レモン果汁(中さじ3杯くらい)とハーブティーのブレンドを自分で考え、毎朝飲んでいる。すっきり感を得るには、やっぱりミントなんだろうけど、アーユルヴェーダ式に、フェンネルやフェネグリーク、アジョワン、コリアンダーなどを加えても美味しい朝に飲むこのスーパーすっきりドリンク、しばらくはまりそう。このカフェのあさごはんには、レモネードの他にも、ラズベリーヨーグルトの中にカルダモンをちょっとだけいれていたりと、ハーブ好きには嬉しいメニューだった。今度は、食いしん坊と一緒に行ってぜひstorを試してみたい

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2009年10月13日 (火)

海外に住むということ

再度スウェーデンに住み始めてから、1年半ちょっとが過ぎた。海外に住むということは、私にとっては自分を見つめ直すよい機会でもある。なぜって、日本にいる時よりも、自分の感情に正直になるからだ(ならざるを得ないとも言う)。日本にいた時の感覚で行動したり、無理をしたりしていると、感情の嵐のような日々がやってくることがあるので、日々結構スリリングだ。言葉は日常会話なら支障はなくても、やはり文化やメンタル的な部分の違いというのはいつまでも同化できないような気がする。むしろ、同化したら自分のアイデンティティーがなくなってしまうようで恐い部分もある。
しかし海外にいるメリットのひとつは、自分のやりたいことがだんだんとはっきりしてくること。特にスウェーデン人の自由さに毎日ふれていると、社会的、その他諸々の圧力のない状態の、ほんとうにシンプルな日常レベルの自分の願いがふつふつと出てくることがある。結構どうでもいいような、そんな願いの中に自分のやるべきことが転がっているのかもしれないなあーと思い、流れに身を任せてみることにしている。現在の小さな『流れ』はイタリア語の勉強、甘いもの禁止、など。イタリア語なんて、去年は全然関心がなかった、でもなぜか流れが来てしまったので勉強をはじめた。甘いもの禁止は、私のヨガの先生で友人でもあるニーナが「明日から3ヶ月砂糖摂取をクリスマスまで控える!」、と言い出してその前日、最後のチョコレートを食べるのにつきあってから。最初は「へー、頑張ってね」とか言っていたのがなんとなくある日、「私も一週間やめてみよう」と思い立ったのが、一週間経ったあとも続いているという状態。一日、一日の中のそんな小さな周りの動きと、自分の体の感覚を信じて、流れに乗ってみよう。無理に突き進むよりも、いまはそんなリズムが心地よい。明日はどんな流れが待っているのかな?楽しみだ

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2009年9月28日 (月)

ガムラスタン

これが2週間前の昼休みの時の風景・・ストックホルム、ガムラスタン(旧市街)大広場。この日は楽隊が賑やかに演奏するのを聞きながら太陽の中でランチ。画像では半袖が大半だけど、先週くらいからさすがに秋コートのひとばかり。


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この大広場は歴史的にもストックホルムの血浴があった場所で、ノーベルミュージアムもあったりで、観光客も多い。500年くらい前にそんなことがあったんだな〜と思うと、少し怖いような、凄いような。500年後の今は、ノーベル・チョコレートを買った多国籍な観光客であふれ、歴史的な建築物の中にレストランあり、セカンドハンドあり、ゲイカフェあり、と不思議な空間になっている。


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上の画像で写っている、夏の間何回かお世話になったアイスクリーム屋は今日はもう姿を消してしまった。ほんとうに、夏が終わったんだということを改めて感じる。終業後ガムラスタンからスルッセンまで歩いて友人とフィーカ。給料日後のストックホルムの日曜夜はいつもよりひとが多め

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